体験談、遅くなってしまいました。
私は指圧の仕事をしています。10年近くこの仕事についていますが、前田先生にお世話になったときは、それこそ「悩みにとらわれて何が悩みなのかわからない」という状態でした。
今思えば「接客業なのに人見知りする」「うまく人と会話ができない」「自分の技術に自信がない」一つ一つは確かに悩みなんですが、何が具体的に悩みだったのかよくわかりません。
ただ、かなり切羽詰まっていて、町を歩くだけでも緊張していたし、人の一挙一動にもぐらつき、前田先生の所にきたときにはこの仕事をやめようかどうしようか、という状態でした。
最初にお会いしたときの前田先生の印象は 「写真より(失礼)優しそうな人だなぁ、森の熊さんみたいだ」という印象です。
しかも開口一番、「予約を決める前に最近一番電話かけてきた人ですね!」と言われてしまいました。(笑)
確かに、お電話で結構長い時間お話しして、その都度大変的確な丁寧な対応をいただいたので「この人だったら信用できる」と思って決めたのですが…信用するまで相当疑り深かったようです。
でも、なんだか知らない力がぐいぐい自分を後押ししている感じがして、その踏ん切りに時間がかかったのでしょう。
最初に、現在催眠と古典催眠の説明、そして、自分自身が暗示をかけて自分を虐待してしまっているという指摘、現代催眠のその解き方(ポイント)を説明していただき、後半はいよいよいわゆる催眠療法に入りました。
最初催眠に入るとき、なんだか急に顔がかゆくなり、掻きたいのですが掻けない状況で今ひとつ集中できず、そのことを先生に言ったら「身体と心がしたいことにはおそらく何か意味があると思います。
子供がお母さんに何かを訴えているみたいにただただその状況を聞いて受け止めてあげてください。理性で無理に意味付けをしないでください」と言われました。
次にいよいよ退行催眠に入り、自分の過去において楽しかった時代、さらに自分自身のトラウマになっているものの記憶を探しにいきました。
実は私は小さい頃海外で生活したことがあり、日本に帰ってきてかなり日本の生活になじめなかった記憶がありました。楽しかった頃の自分の記憶は、その頃力一杯だれかと喧嘩していた記憶や、その後大学の時半年海外で暮らしたとき、外人と議論している(まぁ戦っている)自分でした。
自分自身は、そんながむしゃらな自分自身にほとほと疲れていたと思ったのに、それが自分にとって一番楽しかった、という記憶にたどり着いたとき、理屈でなく、心と身体が色々なものを素直に感じて体当たりしていたのが一番楽しかったんだなぁ、と思いだしました。
日本に帰ってきたとき「自分はこの国では自分の感情を表に出してはいけないんだ」と勝手に自分で決めてしまって溜め込んでしまっていたので、うまくいかなくなり暴走がおこってしまったんだなぁ、と気がついた瞬間、「あぁ、自分に悪いことしたなぁ」と思い涙がでてきて止まりませんでした。
しかし、トラウマの記憶にたどり着いたときは、これは多分けっこうそう感じる人が多いかもしれませんが「なんだよ、これかよ!」
さらに「もういいだろ、こんなことで悩まなくても!」と自分の頭の中で何かが(おそらく身体と心と理性でしょう)一斉に叫びました。
自分の中にたまっている嫌な感情を捨ててしまう作業で、そうとう溜まっていたのでしょう。一回では済まずもう一回とリクエストして、あとで先生に「女性でもう一回と言った人は初めてです」と言われてしまいました。(笑)
でも、そのとき自分の中で凄ーく感情が楽になり、よくありますよね、映画やドラマで大声で泣き笑いながら海に向かってもの投げたりとかするシーン。おードラマみたいだ、と自分自身で突っ込み入れてしまいました。(笑)
最後に自分自身の中の解決につながる記憶を探しにいったとき、そこには5歳になる自分がいました。幼稚園で上り棒に上ったりとか、年上のお兄ちゃんと一緒のお遊戯をして、リラックスしてお互い楽しそうに同調し合いながら身体を動かしている記憶…その時です。
これは不思議なんですが、自分で、なんだ、私身体動かすこと苦手じゃない、ちゃんと身体動かしてんじゃん、協調性ない訳じゃない、ちゃんと人と無理なく自然に接していられるじゃん、と思った瞬間、自分の中で全く違うところからまた声が聞こえました。
「もう争う必要はないんだ」
もし心と身体に声があるなら(まさしくそうだったのでしょう)、私は初めて自分自身に許してもらったと思います。
今までの自分は、何で自分は色々なことができないんだろう、これができないならお前なんかいらない、とずっと自分自身を虐待してきたのです。いつも自分自身の生き方を損得で考え、さらに同じことを他人に対してもやっていました。
先生は最初に教えてくれました。
「心は好きなこと、楽しいこと、身体は気持ちのいいこと、リラックスできることが好き。それを束ねるのが理性なのですが、理性は合理的なこと、得することが好きなのです。理性だけの都合で感情や身体の言うことをきちんと理解してあげないから心の問題が起こるのです。誰かを愛するということはその人のすべてを死ぬまで守る、ということです。これをしてくれたから好き、とか期限付きで好き、ということではありません。理性と言う社長がいかに心と身体と言う社員を理解し、一緒に気持ちよくがんばっていけるよう社員のためにしてあげられるか、それが自己愛ということです。そのためにはまず、自分自身のすべてをただ認めて理解してあげようとしてください」
私は10年近く今の仕事をやってきたとき、身体が弱いとか身体の感覚が鈍いから向いていない、とかいろいろ言われてきました。でも、この仕事だけはどんな人に何を言われてもやめようと思いませんでした。
今思えば、私の心と身体が私自身の原点に帰りたかったのでしょう。
指圧の仕事は言葉や理屈でなく、どれだけ相手の心と身体に自分の心と身体が同調し、さらに高いところにお互いで行くことができるか、それだけではないかと思います。それがうまくできたときに、初めてその人の為になったと言えるのではないかと思います。
そのことを先生に言ったら「あなたは気がついていなかったかもしれませんが、あなたが自分の職業のことを名乗るとき、あなたは凄く誇りをもって話していましたよ。」と教えてくれました。
今現在、抱えている問題が物理的に変化している訳ではないのですが、自分自身の問題への考え方が変わりました。
今までは自分自身がこういう風にならなければいけない、考えなければいけない、できない自分はだめなんだ、なんで他の人はできて自分はできないんだろう、とずっと考えていました。
はっきり言って意味のない思考回路だったと思います…。意味がないということに気がついたので今後やらないようにしよう、という点では意味が十分ありますが。
今は、何かに対して怒ったり、びくついたりしても、それもあぁ今時分はこういう風に感じているんだなあ、と自分の中で理屈で意味をつけないでただただ感じるようにしています。
そのことをただ認めてあげるだけでも、自分自身が楽になります。そしてその感情を受け止めることによって次に自分がどうしたいかをまた感じ取ることができます。ただ、今まで心理学の本や何かでそういう風に言われていても、どうしてもそのように思えなかったのに、今はそういう風に思えるのが不思議です。
それは、やはり自分の心の声が聞くことができたからでしょう。
そして、初めて自分と和解できたからだと思います。
まぁ、社長に言いたいことはまだまだいっぱいあると思うのですが…うちの社員は。(笑)
答えは自分の中にしかありません。
そして、それに対して自分が行動しなければなにも変わりません。
でも、それが分かっていてもできない自分に対して、後押ししてくれた前田先生という方にお会いできたのは本当にありがたいことだったと思います。
長々とした脈絡のない文ですが、先生、最後にもう一度。ありがとうございました。
SY
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